こころの豆知識
アスペルガーとはどんな人物だったのか?
(2008年10月 5日 17:38)
 「アスペっぽい」「アスペくさい」という言葉を良く耳にするようになりましたが、言動が不自然な児童や青年が診断学的手続き無しに「アスペルガー症候群」という病名で話題に上ることが少なくありません。1981年にウイング(Wing)によって大きく取り上げられた「アスペルガー症候群」は、元々は1944年にハンス・アスペルガーが論文「自閉性精神病質」が土台になっています。そして、1992年に正式に発刊したICD-10(国際的疾患分類)に初めてこの症候群ははっきりとした形で現れます。まだ、20年もたっていないうちにこれほどまでの市民権を得てしまいました。では、ハンス・アスペルガーとはどんな人だったのでしょうか?
074-h-asperger-2.jpg ハンス・アスペルガーは、1906年オーストリア・ハンガリー帝国で生まれ、ウィーンで育っています。ウィーン大学病院で小児科医として働いていましたが、治療教育部門の責任者になり、自閉性精神病質の子どもに興味を持つようになりました。その間、第二次世界大戦前にドイツとオーストリアが民衆歓迎の中、合併しました。その後、「自閉性精神病質」の論文を発表するのですが、アンス・アスペルガーはナチスの優性政策や安楽死に関わる問題にかなり配慮して、「自閉性精神病質」の子ども達が決してそのようなガス室おくりの対象にならないように切々と訴えかける歴史についてはあまり知られていません。社会的に問題を起こすも知的には優れた精神病質であって精神病ではないこと、こだわりを生かせて有能さを発揮できれば就労可能であることを強調していたようです。しかし、アスペルガーと同じ年に論文「幼児早期自閉症」を発表したカナー(Kanner)からは生涯無視され続けました。それは、カナーがユダヤ人であり、ナチスに母親と同胞を殺された歴史があり、ナチスドイツのギャラリーであったハンス・アスペルガーに嫌悪感をもっていたと言われています。実際、ユダヤ人が多くいる英米の自閉症研究者・臨床家はその後もアスペルガーについては全く取り上げませんでした。この呪縛から取れて、晴れてウィングが「アスペルガー症候群」を取り上げたのは、ハンス・アスペルガーが死去してからすでに10年足らずがたっていました。何気なく使っている「アスペルガー」ですが、実はこのような歴史があったのです。
 今の現状をハンス・アスペルガーはどう思うのでしょうか?何か皮肉めいたものを感じてしまいます。